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○元善光寺

元善光寺( 木造釈迦涅槃像)

元善光寺

・定額山 元善光寺(座光如来寺)
「元善光寺縁起」によると、開創(寺院の創設)は飛鳥時代(7世紀頃)と伝わる天台宗の寺院です。602年に本田善光が難波(大阪府)から持ち帰った本尊をここで祀り、642年に長野市の善光寺に移したことから、現在では元善光寺と親しまれていますが、古くは如来寺と呼ばれていました。
本尊は新たに彫られた善光寺如来で、7年に一度公開する御開帳があり次回は2015年4~5月に予定されています。また宝物殿には、持ち帰った本尊を安置すると光り輝いたという「座光の臼」が収められています。
元善光寺では1788年(天明8年)に火災があり、現在の建物はその後の再建です。本堂は5間×7間の大きさです。長野市の善光寺本堂と同じく、暗い地下廊下を一周回って手探りで鍵を探し当てる「戒壇めぐり」ができます。

  • 元善光寺
    元善光寺
  • 元善光寺( 座光の臼)
    元善光寺( 座光の臼)

○竹田人形館
「竹田扇之助記念国際糸操り人形館」

竹田人形館

・1955年(昭和30年)糸操りの名手結城孫太郎が河竹繁俊と徳川夢声の推挙により竹田三之助と改名し竹田人形座を東京に復興しました。喬木村出身で三之助の芸養子になった竹田扇之助は伝承と創造の場として「竹田練場」を建設し同志に竹田喜之助が一座に加わり日本の糸操りの伝統の技を復活させました。

・竹田人形座は、全国の学校公演(30000回)、NHKテレビ人形劇番組「宇宙船シリカ」や「銀河少年隊」などをの公演、数々の海外公演を通じて、世界に日本の人形劇を位置付けました。扇之助はウニマ(国際人形劇連盟)や国際大会に重きをなし、20世紀最高の人形劇人7名の中に選ばれています。また、フランスのシャルルビル・メジェール市と飯田市との人形劇友好都市締結に尽力し、数々の栄誉を受けました。1990年(平成2年)扇之助は故郷なるこの地に移って竹田練場を再建、内外で収集したコレクションと共に飯田市に寄贈しました。この「竹田扇之助記念国際糸操り人形館」は、その壮挙と竹田氏代々の功績を記念して飯田市によって建てられました。
・開館時間:午前9時~午後5時、休館日:月曜日、祝祭日の翌日、年末年始
・入館料

区 分 個 人 団 体
大人 400円 300円
小中学生、高校生 200円 150円

※団体料金は20人以上

  • 糸操り人形
    糸操り人形

○舞台校舎(旧座光寺麻績学校校舎 長野県宝)

舞台校舎

・麻績神社前の大石垣の上には「麻績学校校舎」と呼ばれる大きな木造の建物があります。建物の前の舞台桜が見ごろの時期には、人形芝居の舞台として使われています。

・校舎は、1875年(明治6年)の建築で、幅約18m(10間)、奥行き約13m(7間)、高さ12mの木造2階建て。現在残っている校舎としては長野県で一番古いもので、長野県宝に指定されています。

・江戸時代の終わりころから飯田下伊那の各村々では人形芝居や歌舞伎の舞台を造ることが流行しました。テレビや映画のない時代の娯楽であったため、60以上の農村舞台がありました。一方、明治になると学校建設が求められました。学校も舞台も大きな建物が必要ですが、当時の座光寺では2つとも造ることはできませんでした。そこで、2つの機能を合わせて、普段は校舎として使い、必要な時に歌舞伎舞台として使える、とても珍しい複合建物が完成しました。

・学校として使うためには、窓や壁で仕切られたいくつかの教室が必要です。逆に舞台として使うには、仕切りのない広いステージと大きな開口部が必要です。この相反する条件を満たすために、正面の大きな梁を支える7本の柱や窓を舞台として使うときにはステージを見ることができるよう取り外せるようにしました。また役者が降りたり背景を引き上げたりするため、二階の床板と床を支える根太という材料も取り外せるようになっています。現在は、人形芝居などの舞台として使えるように正面の柱は取り外され、二階の床板も一部取り外されています。今の姿からは、校舎だったことは想像つかないかもしれません。

・1984年(昭和59年)小学校が移転するまで麻績校舎は100年以上も使用されてきました。増改築が繰り返され正面には玄関が付いていましたが、1997年(平成9年)建築当時の舞台校舎の姿に復元修理されました。

・開館時間:午前9時~午後5時、休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)、祝日の翌日(日曜日の場合は開館)、年末年始(12月29日~1月3日)

  • 舞台校舎(石垣)
    舞台校舎(石垣)
  • 舞台校舎全景
    舞台校舎全景

○舞台桜・石塚桜

舞台桜

・麻績の里 舞台桜 (飯田市天然記念物)
・エドヒガンの突然変異種「半八重紅彼岸枝垂れ」で、花弁数が5~10枚の花がランダムに咲く全国でもここでしか見ることができない珍しい桜です。八重のシダレザクラは各地にありますが、舞台桜は八重の成り方が不完全で不安定です。完全な八重は雄しべが全部花弁になります。舞台桜は花によって正常な5枚のもの、花弁が増えて10枚のものなどいろいろあります。このようなものはこれまで見つかっていませんでした。平成17年に公募により「麻績の里舞台桜」と命名。18年に「オミノサトブタイザクラ」として品種登録されました。
・舞台桜は、飯田下伊那を代表する一本桜として毎年多くの花見客で賑わっています。最盛期には地元の小中学生による「子ども桜ガイド」がお迎えしています。夜のライトアップも見事です。

・麻績の里 石塚桜
・舞台校舎すぐ近く、石塚1号古墳の頂に咲くシダレザクラです。真下から見上げると空を背景に天向かってそびえ、また、枝垂れた枝が古墳を守るように包み込み咲き誇る姿は見ごたえがあります。石塚桜の立つ石塚1号古墳は横穴式石室をもつ円墳で、6世紀後半に造られました。直径21.8m、石室の大きさは数ある座光寺の古墳の中でも最大のものです。円形埴輪、須恵器などが出土しています。こちらの桜もライトアップしています。

  • 舞台桜花弁
    舞台桜花弁
  • 石塚桜
    石塚桜