座光寺の古墳から出土した古墳時代のよろい「単甲」が修復されました
2000年浪漫の郷 座光寺には豊かな自然や数々の史跡・歴史文化財がありますが、座光寺の石行2号古墳と新井原7号古墳から出土して長い間、民家(高岡地区・三村さん宅)で大切に保管されていた古墳時代のよろい「単甲」が飯田市に寄贈され保存処理と修復を終えて、このほど飯田市考古博物館で初公開されました。
10月29日(日)、同館において初公開記念講演会「よみがえった鉄のよろいー単甲にみる飯田の古墳時代―」(定員50名)が開催され、私たち2000年浪漫の郷委員会関係者をはじめ座光寺の皆さん多数が聴講しました。
講演会では始めに「単甲」のお披露目除幕を行った後、「よみがえった2つの単甲」と題して飯田市教育委員会・春日主査から発見から修復に至る経緯や修復作業の様子などの解説がありました。
その後 奈良県立橿原考古学研究所付属博物館学芸課長 吉村和昭先生から「古墳時代の甲冑とその意義―最新の研究成果から―」とのテーマで記念講演がありました。
講演の中で吉村先生から、飯田古墳群(国史跡)とその周辺からは鉄製甲冑が30領も出土している列島屈指の甲冑集中地域(飯田に比肩する地域は宮崎県西部など限られる)であることから、飯田はヤマト王権にとって東国(関東方面)に進出する旧東山道の要衝であったこと、更に馬の飼育の先端地域として大変重要な地域に位置付けられていたとのことです。
出土から100余年、錆びた鉄の塊だった2領の「単甲」が修復を経て古墳時代の「王者のよろい」として復活を遂げたものです。
10月31日より飯田市考古博物館で一般公開されましたので是非ご覧いただき、1600年以上前の浪漫の郷・座光寺に想いを馳せてください。
以上、2000年浪漫の郷委員会情報隊からのお知らせでした。
※掲載については、飯田市教育委員会の了解をいただきました。